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大阪家庭裁判所 昭和39年(家)1055号 審判

申立人 村上一男(仮名)

被相続人 原田しづ(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

本件申立は「被相続人は明治四二年一二月六日死亡したが相続人がなく、申立人と被相続人との関係は後記認定の通りであり、この関係は民法第九五八条の三所定の特別縁故関係に該る。よつて申立人は同条に則り、被相続人の相続財産である別紙目録記載の物件(以下本件遺産という)を申立人に分与することを求める」というのである。

思うに本件は旧法時戸主たる被相続人の死亡に伴い家督相続が開始したが直系卑属も指定及び選定家督相続人もないため相続財産管理人を選任し民法第九五八条所定の手続を経、同法第九五八条の三所定の期間内に申立てられたものである。而して当裁判所の調査によると

(イ)  被相続人の父亡原田九郎は亡村上京介の子であるが、安政年間に原田家の婿養子となり家女との間に被相続人をもうけた。

(ロ)  被相続人は病身で他に身寄りがなかつたので、明治四〇年頃、父九郎の実兄右門の養子村上貞郎夫婦(貞郎の妻くめは右門の実子)の許に引取られ同四二年一二月一六日四三歳で死亡するまで同夫婦から療養看護を受けた。

(ハ)  被相続人の祭祀は上記貞郎(昭和三年二月四日隠居同一〇年一二月一五日死亡)その養子三郎(昭和三四年一月八日死亡)及び三郎の実子である申立人(明治四四年八月二一日生)が順次之を承継主宰した。

(ニ)  本件遺産の占有は被相続人の死後平隠公然裏に貞郎、三郎、申立人が順次之を承継しその期間は五〇年を超えている。

以上の事実を認めることができる。

ところでこのような事情の下で申立人を被相続人の特別縁故者と認め、之に遺産を分与し得るかについては以下の諸点について考慮する必要がある。

第一に特別縁故者たる地位は相続されるかという問題である。もしこの問題が積極に解されるならば上記貞郎は被相続人の特別縁故者と見て差支えないから、その相続人の相続人たる申立人に本件遺産を分与することは許されてよい筈である。元来特別縁故者に対する遺産分与の法律的性質については諸説があるけれども一旦請求があればその請求者は分与に対する一種の期待権を有することとなり、この期待権は相続の対象たりうると解する余地がないでもない。しかし本件の如く特別縁故者と目される者が分与の申立をすることなく死亡した場合には、相続すべき権利そのものが発生しないのであるから、その相続ということはあり得ない道理である。よつて申立人は亡貞郎の権利義務の承継者だからという理由では相続財産分与の請求をなし得ないものというべきである。

第二に被相続人と特別縁故者とは同時に存在することを必要とするかという問題である。そもそも民法第九五八条の三を設けた趣旨は相続人なき相続財産につき之を国庫に帰属せしめるよりは被相続人と特別の縁故関係ある者に分与する方が、被相続人の意思にも合致し、又国家が該遺産を管理するに要する労を省くことにもなつて適切だという点にある。後の観点からすれば被分与者は何人でもかまわないわけであるが前の観点からすれば被相続人の意思は存在しない者には及ばない理であるから被分与者の範囲は自ら制限せられ相続開始当時存在しない者は当然除外されるとの説も成り立ちうる。例えば被相続人が相続財産の帰属者を遺言により指定する場合、帰属者の範囲は現に存在する者に限定せられると考えるべきであつて、その事との権衡からしても被相続人が帰属者を指定しなかつた場合に、その範囲が未だ存在しない者にまで拡大される道理はないとも言えるのである。しかしながら相続財産分与の制度は遺言が同時存在の原則に牴触するが故に効力を生じない場合をも含めて遺産の帰属者がない場合なお諸般の事情を考慮して相当ならば之を特別縁故者に帰せしめることを目的とするものと解すべきであり、そう解釈すればこの制度が本来同時存在の原則の制肘を受けるものでないことが分るのである。よつて本件相続開始当時いまだ申立人が存在していなかつたという事は同人が特別縁故者となることを妨げるものではない。

第三に本件申立人と被相続人との関係は前認定の通りであるがそのような事情の下で申立人を特別縁故者と見てよいかどうかが問題となる。この点に関しては申立人は被相続人の六親等の親族でありその祖父貞郎は被相続人の療養看護につとめた者であり、申立人は現に被相続人の祭祀を主宰し遺産を管理しているものであるという事実その他諸般の事情を総合すれば申立人を特別縁故者と見て差支ないと考える。そこで最後に

第四本件遺産を申立人に分与することが相当かという問題になるのであるが、この点に関しては消極に解せざるを得ない。その理由は一に本件申立が相続開始後五〇有余年を経てなされたという点にある。思うに相続開始後遺産分与がなされるまではその遺産の帰属はいまだ最終的に決定せずその意味において法的に不安定な状態が存在するのであり、この状態は性質上永続を許さないと解すべきである。されば遺産の分与を受けようとする者は相当期間内に所定の手続きを経てその請求をなすべきであり、期間の相当なりや否やの認定は消滅時効の期間等を参酌して裁判所が之をなすのである。そしてこの認定は当然民法第九五八条の三の相当性の認定の中に包含せられると考えられるのである。以上の観点に立てば本件申立は相当期間内になされたものとは到底認め難いから之を認容することは出来ないのである。

尤も遺産分与の制度が設けられたのは昭和三七年七月一日のことであつてその以前に相続の開始した本件においては相当期間内に分与請求をする途はなかつたのであるから、その手続をとらなかつたことによる不利益を申立人に帰せしめるべきでないとの反論も考えられる。しかし昭和三七年法律第四〇号は、その施行当時既に相当期間を経過した遺産については分与を認めない趣旨であると解せられるからこの反論は成立しないのである。

なお相続開始後分与申立までの期間が不当に長いことは分与請求者に対して分与の相当性を減殺するという不利益を与える反面その期間占有が継続している場合には時効取得の利益をも与えることを忘れてはならない。本件申立人は先々代以来五〇年の長きに旦り本件遺産を占有しているのであるから特別縁故者として遺産の分与を受け得ない以上時効取得の可能性に思いを致して然るべきである。且つもし本件申立の却下が現実の事態に即応しないとするならば、それは長期占有の事実を顧慮しないことに由来するものであつて、上記相当性の否定に淵源するものでないことを知るべきである。而して長期占有の事実は時効取得の成否を主題とする訴訟手続においてのみ考慮さるべき事項であつて、本審判の範囲外にあることはいうまでもない。

よつて本件申立は理由がないから之を却下することとし主文の通り審判する。

(家事審判官 入江教夫)

別紙 目録

大阪府枚方市大字招提○○○○番地

一、原野 三畝〇三歩

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